ホワイトブログ・ラングドシャ

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2018-2019 ラオス旅行記 vol.8

【vol8.の道のり】

 

01/03 バンビエン

 もうこの欄いらないですよね。

 

 

【前回はこちら】

ofurofilm.hatenablog.com

 

 

 

 

…またしても前回の更新からとんでもなく時間を空けてしまいました。言い訳の言葉もありません。

 

 自分で掘った穴に自分で落ちて、ビービー泣き喚いているような人間に激励の言葉をかけ続け、救いのロープまで降ろしてくれた心優しい人たち。

 …思い返してみれば半年以上、あーだこーだと屁理屈をくっちゃらべるばかりで、降ろされたロープすら自力で掴もうとしない私を決して見捨てることなく、挙句には穴に大量の水を流し込んで強引に浮上させる作戦にまで打って出て、見事地上に返してくれました。彼らには感謝の言葉もありません。

 

 私は今、そこにプカプカと浮かびながらこの文章を書いています。

 穴に満たされた水は、熱くも冷たくもない人肌温度で、いつまでも気持ち良く浸かっていられます。しばらく出るつもりはありません。むしろここを秘湯として売り出して、一山築いてやるつもりです。そういえば、そろそろ大手旅行会社の広告マンとの打ち合わせの時間なんですが、ちょっと誰か、パンツを持ってきてくれません?ねぇ誰か?いるんでしょ?ねぇって。

 

 

 そうそう人肌といえば、大学時代、県外にまでその名を轟かすほどのヤリマンだった後輩Sちゃん。

 あなたから「乗馬クラブで、ついに自分の馬を買っちゃいましたー!」というLINEが届いたときに感じた、言いようのない胸のざわつき。

 そこには、「そうだ、俺はこういうものを表現したいんだった」と、自らを奮い立たせるには十分な何かがありました。

 返信には書きませんでしたが、この場を借りてついでにお礼を言わせて下さい。あなたがどうか、"乗馬"の意味を理解していますように。

 

 

 

(※注意 :今回、ぜんぜん写真がありません。カメラを部屋に忘れてました。親しげに謝りますが、ごめんな。)


 

 

 起きるのが難しい朝だった。

 バス(バン)の長距離移動による疲労と大量のアルコール、その他諸々。おかげで体感体重は10倍以上に増え、片腕の一本も持ち上がる気がしない。

 また、追い打ちとばかりに窓から差し込む陽の光が全身を柔らかく包んでいて、ぬるま湯みたいに気持ちがいい。昨夜は「こんなデカい窓があるくせになんでカーテンが無いんだ」と散々文句を言ったが、どうか水に流してほしい。おかげで今はJAFを呼ぼうかというくらい動く気になれない。

 

 隣のベッドを見やると、友人の姿はなかった。そういえば、朝から山登りに行くと言っていた。

 

 いやしかし…まさか、本当に行くとは…。

 

 苦しいバス(バン)移動を終え、そのまま真夜中までハメを外した後にとびきり早起きして、誰に頼まれたわけでもないのに登山に行く。まったくもって理解しがたい。

 一体、自分で決めただけの予定にそこまで忠実でいられるというのは、どういう思考回路のなせる技なのだろうか。私が知らないだけで、あいつはいつも「よォし、今からちょうど75分後におしっこすっぺか!」なんて考えていたりするのだろうか。

 

 自分を律することの偉大さを疑うわけではないが、瞬間的に沸き起こった衝動に応じてその都度正しい判断を下していく方が、個人的には性に合っている。

 怠惰な自分自身と真正面から向き合い、そこに一分一秒絶えず戦いを挑んでいく姿勢。それこそが男としてあるべき姿だとすら感じている。ただ、私はその戦いに一度たりとも勝ったことがないし、今後も見込みはない。

 「よォし、昼過ぎまでもう一眠りすっぺか!」とiPhoneを覗くと、時刻はとっくに昼を過ぎていた。

 こうして、ラオス旅行初の"別行動DAY"が幕を開けた。

 

 

 遅すぎた外出計画は、すぐさま緊急一時停止ボタンが押されてしまった。

 目覚ましを兼ねて、近くのカフェにコーヒーでも飲みに行こうとフロントの前を通り過ぎようとした時、不思議な光景に足が止まった。

 

 チェックイン時にもお世話になった受付の女性のすぐ隣に、"上裸の男"が立っている。顔つきこそ四十代に見えるが、その身体つきは凄まじい。単なる力だけでなく速さも感じさせる、剛と柔のハイブリッドのような肉体美。もし、俺は「スー族の勇敢な戦士なんだ」と真顔で言われても、なんの疑いも持てないだろう。

 

  「ハイ、こんにちは」

 彼が口を開いた。身体ばかり凝視していた視線を、慌てて彼の顔に合わせる。

 「どこかにお出かけですか?」どうやら彼はこの宿の関係者らしい。オーナーか何かかもしれない。受付の女性は黙ってにこにこしている。

 「コーヒーが飲みたいんですが、この辺りにいい店はありますか?」

 と聞くと、彼は、

 「コーヒーならここで飲める。バンビエンで一番の味だよ」と言って白い歯を見せた。

 ああ、出かけなくていいなんてありがたい、なんでも言ってみるものだ。

 「じゃあホットコーヒーを一つ。砂糖もミルクも抜きでください」

 値段はいくらくらいだろうか、まぁ外の店で飲むよりは少し高めだろうな、などと考えながらポケットに手をつっこむ。財布も小銭も、なんにも入っていない。危ない危ない、うっかり外に出ていないでよかった。部屋に取りに戻るから持っててくれ、と伝えようとすると、

 「宿泊客はタダでいいよ。そこのソファに座って待ってて」

 彼は察した様に笑った。なんて格好いいんだ。グレート・スピリットなインディアンを生で見れて、とても光栄に思う。今後バッファローに襲われそうになったら、この人に電話しよう。

 

 隣にいた受付の女性が、ポットを手に取りシンクに向かう。彼女はそれに水道水をなみなみと注いで火にかけると、小さなスティック状の袋の口を破って、中の黒い粉をサッとマグカップに入れた。"バンビエンで一番美味いコーヒー"の淹れ方を見届けて、俺は指定されたソファに腰掛けた。

 

 チェックインした時には暗くて全然気がつかなかったが、この宿のフロントは素晴らしいロケーションだった。

 吹き抜け造りで開放感抜群、清潔でふかふかのソファに腰掛けながら、いかにも南国らしい陽射しと風の匂いを存分に堪能することができる。

 その上、よく手入れされた美しい庭がすぐ目の前に広がっていて、鮮やかな原色の草花や、そこに集まる見たこともない極彩色の鳥達が目と耳を同時に楽しませてくれる。

 とても安宿とは思えないリゾート感だ。おそらく、節約した客室のカーテン代を全部このフロントにつぎ込んでいるんだろう。ついでに、このお湯そっくりのコーヒー代もだ。

 

 テーブルの下にはたくさんの本が平積みにされていた。当然ながらどれもこれも洋書ばかりでまともに読めそうなものはなかったが、見覚えのある一冊に目が止まった。

 破れて染みのついた表紙には、『The Silence of the Lambsと書いてある。羊たちの沈黙…学生時代に何度も何度も読み返した、大好きな本だった。

 

 だらだらと語って皆を退屈させてしまわないように、ごく手短に紹介したい。

 冒頭で、FBIの女性訓練生クラリスが、職員の男にコートを掛けてもらうシーンがある。

 《

 「ありがとう」彼女が言った。

 「大歓迎さ。一日に何回、糞をする?」

 「いまなんて言ったの?」

 「女には邪魔になるもんがない。屈めば出て来るのが見られるし、空気に触れて色が変わるのが分かる。どうなんだ?でかい茶色の尻尾が生えたように見えるのか?」

 「コートを返して。自分で掛けるから」

 》

 

 いやはや、なにを食って育ったらこんな凄いやり取りを思いつくのか。どう考えても常軌を逸していて、神がかり的としか言いようがない。何気なくページをパラパラとめくっているだけのつもりが、いつもここで心を鷲掴みにされてそのままラストまで読んでしまうのだ。

 ご多分に漏れず、今回も気づけばかなりの時間読みふけっていた。よく知っている場面が原書ではどう書かれているかをなぞっていくのは、あたかも英語をスラスラと読めているような錯覚を覚えられてつい夢中になってしまう。

 

 受付の女性が、とっくに空になったマグカップを下げにやってきた。彼女はそれをシンクに置くと、今度は折りたたまれた大きなビニールシートを両手に抱えて、

 「夜は雨が降るみたいよ」

 と、私の方を見ないまま言った。

 慣れた手つきで、次々にビニールの幕が掛けられていく。ついさっきまで目の前に広がっていた庭は、もうすっかり覆われてしまった。

 

 貧乏性なもので、雨だと言われると晴れてるうちに外に出ないと勿体無い気がしてくる。本を閉じて立ち上がると、ビニールの表面には滲んでぼやけた自分の姿があった。

 「シャワーも浴びてないけど、まぁ、いっか」

 私は気休めに髪をちょこっと触って、散歩に出かけた。

 

 

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